自分は「好きなこと」に真剣に没頭できているだろうか・・?【no.1491】

 知人に紹介してもらった方で、舞台をやっている方がいる。以前、ECMJセミナーに参加してくれたことがあり、そこから関係ができた。定期的に舞台を開催しているので、声をかけてもらうたびなるべく足を運ぶようにしている。

 私は昔から「友人・知人が自分のステージで頑張っているのを見に行く」のが好きで、もともとそこまで興味のない分野だったとしても、声をかけられたら「ぜひぜひ」と参加してしまうタイプだ。好きな人であればレベルや規模などのこだわりがあったりするのだろうが、「頑張っているのを見る」「その場を楽しむ」というのが目的なので、あまり断らない。この舞台を誘ってくれる知人も、当然古い付き合いでもない。だから、もしかしたら私は「いい客」なのかもしれない。

 それはさておき、舞台の世界はすごい。他の友人や知人から聞いてはいたのだが、「好き」でないと続けることさえもできない。学生時代はともかくとして、大人になって自活をするならば、舞台を続けることすら簡単ではない。

 1公演、お客さんが1人入って3,000円から4,000円。有名人の出る舞台などでなければ100席ほどである。すべて席が埋まったとしても1公演で40万円。それを20公演、30公演おこなうわけではない。できて6公演や7公演。ひとつの公演期間での売上は300万円に満たない。そこから公演会場の費用や、公演までのレッスンスタジオの費用、大道具や小物の費用などを抜くと、おそらく半分ほどしかお金は残らない。

 毎週毎週公演があるわけではない。3ヵ月ほど練習をして、数回の公演。また新しいタイトルで3ヵ月ほど練習をして、数回の公演。これを繰り返していく。ひとつのタイトルに出演するのは1人2人ではなく、10名ほどであるから、給与などはほとんどない、というか、公演からの給与などは期待していない。公演まで毎日舞台の練習は続く。どうしても他の仕事に舞台を合わせるのではなく、舞台に仕事を合わせるような生活スタイルになっていく。

 それでも舞台をやっているのだ。それは「好きだから」以外のなんでもない。女優になる夢を持っている人もいるだろうし、小さくても舞台を続けていきたい人もいるかもしれない。それぞれ劇団のメンバーは考え方も置かれた環境も違うのだろうが、「舞台が好き」であることには全員変わりがない。「好き」でないと継続できるものでもない。

 舞台を見させてもらうと不思議な気持ちになる。普段はあまり見ることがない案移転したステージや、小劇場という空間、そして生身の人間が数メートル前で身体を動かし、声を発していることだけではない。舞台のストーリーにお客さんである自分自身が入っていくだけではなく、「自分はいま、好きなことにここまで真剣に没頭できているかな」と自分に問いかけられているような気がしてくるのだ。

 仕事は納期と品質をクリアし続けていくことが必要とされる。結果としての数字もついてまわる。当然、劇団の公演でも「全席を埋めなければいけない」「チケットのノルマを達成しなくてはいけない」という数字に追いかけまわされているのだと思う。「好き」なことだけを一所懸命に頑張っていると思うのは、一面しか見えていない部分もあるだろう。ただ、この公演のために3ヵ月間の練習によって溜めてきたパワーはお客さんである自分に考えさせる。

 いまお前は「好きなこと」のために真剣に没頭できているのか、と。お前の「やりたいこと」は果たして何なのか、と。舞台が始まってから2時間後、劇場を出るときには初心を思いだし、非常にスッキリとした気持ちでまた世間に出ていくことができる。人が頑張っている姿は、自分の気持ちを改めるときの潤滑油となるのだ。

 おわり。