ECMJコラムを書き続けることで得られたのは「自信」?【no.1626】

 ECMJコラムも早いもので3年半が経過しました、また1,600回まで通し番号も進んでいます。昨年の6月末までは週7回毎日コラムを書いていて、7月頭から平日のみ週5回コラム掲載にしたわけですが、億劫になる気持ちを押さえながら、だいたい楽しくコラムを書かせてもらっています。今年の4月くらいからECMJのWEBサイト全体のアクセスもかなり伸びていてそれも励みになっています。

 そんなこんなで今回は、コラムを書き続けるということ。

*そもそもECMJコラムをスタートした理由

 ECMJコラムをスタートしたのは2014年の秋(9月)のことだったと記憶しています。すでに遠い昔になってしまったので(ほぼ毎日書いていますからすごーく前に感じます)おぼろげになってしまっているのですが、たしか2014年。もしかしたら2013年かも。

 もともとは当時少しずつトレンドになりつつあった「コンテンツマーケティング」の材料としてスタートしました。ただ私自身の中で「SEO対策のための文章を書くのは違う」という思いがあり、あまり検索対策にこだわらない文章で気軽に書いていっています。SEO対策は重要ちゃ重要なんですけども、専門的なキーワードばっかりだと面白くないじゃないですか。なんか。

*ECMJコラムを書き続けることで得られたもの

 コラムを「書くこと」で得られたものではなくて、コラムを「書き続ける」ことで得られたものです。この「続ける」というところがポイントで、実際にECMJの場合は「コラム」ですがそれが「メルマガ」でも「スピーチ」でも「掃除」でも何でもいいと思うんですね。

 「書き続ける」ことで得られたものはいくつかあると思うんですが、「自信」かもしれないですね。ひとつだけ選ぶとすれば「自信」。インターネットのマーケティングと人財育成・チーム育成について、1,500文字のコラムを毎日書いている人って、日本で私だけだと思うんですね。単純なことなんですが、「ここまで書き落としている人間はいないだろう」という自信にはなっています。

 このECMJコラムのレベルが高いのか低いのか、それはわかりません。ただし、コラムという方で「伝える」ことに落とす量をこなしていることについては、ECMJはひとつのナンバーワンなのではないかと。そこには自信があります。

*「自信」以外に書き続けたことで得られたもの

 まあ単純に「書く」ということに抵抗がなくなりました。1,500文字ってそれなりの文量なんですよね。あまり普段から文章を書くって人は多くないでしょうから、1,500文字のコラムを1本書くということでも「無理だよ~」という人もいると思います。でも、できるんですよ。毎日書くことは誰だってできます。「ネタが続くかなぁ」という問題もクリアできたと思います。なんせ1,600回書いているくらいですから。

 あとはやっぱりコラムを書いていることを知っている周りの皆さんが「毎日コラムを発信している人(会社)」として見てくれる、これが大きいです。「差別性」や「違い」なんて言葉、ECMJコラムの中でもよく書いていますがまあ一応は体現できているのかなと。

 私を含め大多数の「天才ではないフツーの人」はとんでもないことができるわけじゃないですから、「誰でもできることを誰もできないくらい『続ける』」くらいしか「違い」を出す方法ってないと思うんですよね。これはECMJの取締役でもあった故・岩佐豊氏がよく言っていたことでもあります。

*成果にこだわらない、ということ

 コラムを書くことによって得られる「成果」にはこだわっていきたいところですが、「成果にこだわらない」からこそ長く続けることができるのではないかと思います。成果にこだわっていたなら「毎日コラムを書く」なんてとっくの昔にやめてます。「違い」「差別性」なんてものは、自分以外の外側からみたら「なんでそんなことにこだわってるの?」というようなこと。

これも故・岩佐豊氏がよく言っていたことです。