著者:石田 麻琴

「やらなくてもいいけどやってもいいこと」を捨てる【no.1662】

 世の中には「やらなければいけないこと」と「やらなくてもいいけどやってもいいこと」のふたつがあります。人生にも仕事にもこのふたつはあると思うし、このふたつをどうするかという判断を毎日毎日悩み続けているのだと思うのです。

*「やらなければいけないこと」は誰でもやるのだけど・・

 まず「やらなければいけないこと」は誰でもやります。挨拶とか掃除とか、いわゆる「ホウレンソウ(報告・連絡・相談)とか、人との約束を守り、信頼関係を構築し、適切な(適切ってのが難しいんだけど)コミュニケーションをとる、みたいなことは「やらなくてもいいけどやってもいいこと」ではなく「やらなければいけないこと」に入ると思います。

 ときたまこれらの「やらなければいけないこと」の一部が「やらなくてもいいけどやってもいいこと」に入ってしまっている人(というか場合)があります。あまりにも「やらなくてもいいけどやってもいいこと」を選別しすぎると、本来「やらなければいけないこと」なのになぜか「やらなくてもいいけどやってもいいこと」化していってしまうので注意が必要です。選別のし過ぎが問題ですね。

*「やらなくてもいいけどやってもいいこと」はやらなくてもいいんだけども・・

 「やらなくてもいいけどやってもいいこと」はやらなくてもいいことではあります。ただ「やらなくてもいいけどやってもいいこと」をやらないと、そこに残るのは「やらなければいけないこと」だけ。「やらなければいけないこと」だけをしていては、他との差別性や違いは生まれませんし、なにより人生・仕事としての面白さや深みのような「味」が出てこないものです。

 効率化とか費用対効果とかいう言葉があります。コストを気にするのは正しいとは思うのですが、コスト計算ができるのは「やらなければいけないこと」だけです。「やらなくてもいいけどやってもいいこと」は結果が出るのか否か、結果がでるとしたらそれはいつなのかもわからないことばかりです。効率化や費用対効果という言葉がある種正しい考え方として蔓延することは危険なことなのでないでしょうか。これって、どっかの国の企業のことっぽいですね・・。

*「やらなければいけないこと」と「やらなくてもいいけどやってもいいこと」を逆にしない

 当たり前ですが、「やらなければいけないこと」と「やらなくてもいいけどやってもいいこと」を逆にしてはいけません。いくら仕事ができたとしても自分の利益ばかりしか考えない人は信用されないでしょうし、英語やプログラミングの能力があっても挨拶やコミュニケーションがとれなければ長く付き合いたい人とは思ってもらえないことでしょう。あくまで「やらなければいけないこと」優先です。

 そして「やらなくてもいいけどやってもいいこと」の選択です。「やらなくてもいいけどやってもいいこと」は「やらなければいけないこと」以外のスペースなのですから数多の選択があります。個人としては好き勝手に自分がやりたいことをかいつまんで行動をしていけば良いと思うのですが、こと人生や仕事において「何か飛びぬけた結果」が欲しいと思った場合、選択できる「やらなくてもいいけどやってもいいこと」はひとつ、もしくはふたつになると思います。

 やはりここでも大切なのは「徹底」と「継続」です。「やらなければいけないこと」をやることは前提として、「やらなくてもいいけどやってもいいこと」をひとつないしふたつ選択し「徹底的に継続」すること。逆にいえば、「やらなくてもいいけどやってもいいこと」のどれを捨てられるかが「飛びぬけた結果」に繋がっていくということでもあります。ご存知のとおり、「捨てる」のはなかなか難しいものです。