「怒らないけれど、逃がさない」から「決めたことは必ずやる」という社内文化をつくれる【no.1554】

 先日の勉強会で「怒らないけれど、逃がさない」というECMJのモットーのひとつをお話したところ、意外にも参加者の方から好評を得た。

*仕事には「嫌でもやらなきゃいけないこと」がある

 ECMJの顧問先の専務が国家試験の勉強をしているらしい。いまになってどんな試験なのかと聞くと、とある商品を取り扱うための資格だそうだ。いわゆる「危険物取扱」みたいな資格である。いきさつを聞くとこんな感じ。

 いままでは特に資格が必要なく商品を取り扱うことができた。こちらとしても商品を小売りで販売するだけなので、特に資格の必要性はない。ただ商品を仕入れている取引先の経営陣が変わり、「小売り先にも資格を取ってもらうことを徹底しよう」という方針に変わった。なので、社内の誰かが国家試験を受けなければいけない。絶対に辞めない人間ということで、自ら試験を受けることにした―――

 ―――という話だ。いままで全く勉強をしたことのない分野、基礎用語すら知らない分野なので、勉強がうまく進まなくてじれったいと言っていた。試験自体は難しくないようなのだが、終業後に勉強となると大変である。仕事には「嫌でもやらなきゃいけないこと」が少なからずあるのだ。

*怒られて担当を変えられるのは、ほとんどのスタッフが結果「喜ぶ」

 「怒らないけれど、逃がさない」の本題に入る。

 ネットショップやビジネスの改善案を出し合う。出し合った改善案の担当者とその施行期日を決める。しかし期日になっても担当者が「やっていない」。組織の中でよくある話だと思うし、それをどうやってクリアしていくかがマネジメントの大切な仕事のひとつだとも思う。そもそもそこまで成果にならなそうな仕事であればいいのだが、重要なポイントであれば「たとえ嫌でも」やらなければいけない。「決めたことはやる」という文化が壊れてしまうことも良くない。

 「なんだ石田やってないのか!じゃあ担当を坂本に変えるぞ!」と実行していないスタッフを叱り、担当を変えてしまうのは、これもよくある話である。ここで「担当を変えられて悔しい」とか「俺がなんとしてもやります!」とかになるのはごく一部のスタッフで、そういったスタッフはそもそも「実行していない」ということはない。たいてい何らかの目途をつけてミーティングに臨む。

 「決めたこと」をやらずに担当を変えられるのは、その場では多少の恥をかくものの、結果的には「仕事をやらずに済んだ」とスタッフが内心喜ぶものなのだ。

*大切なのは「怒らないけれど、逃がさない」こと

 スタッフが期日までに決められた仕事をしてこなかったからといって怒る必要はない。大切なのは「逃がさない」ことであり、「逃げられない」ことをスタッフにも知ってもらうことなのだ。この仕事は成果に対して重要な仕事だから、なんとしてもやってもらうぞ、と。

 実行されなかった仕事に対して考えるのは「なぜ実行されなかったのか」である。担当者のスキルが足りなかったのか、そもそもの要求が高かったのか、達成のイメージがぼやけていたのか、何らかの理由がある。そしてそこには「担当者が緩慢だから」という理由は必要ない。マネージャーとして必要なのは仕事が実行されるための「ステップづくり」と「やり方・考え方」の提案になる。あくまでも「担当者が実行する」という事実は変わらない。

 そして市場は常に動いている前回の仕事が残ったからといって、残っている仕事をすればいいだけではない。「残っている仕事+動いた市場分の仕事」を次にやらなくてはいけなくなる。単純に仕事の量は増える。「怒らないけれど、逃がさない」ことで「決めたことは必ずやる」という社内文化をつくっていくのだ。