著者:石田 麻琴

「これじゃあセブンイレブンに勝てないと思った」という話【no.1683】

 つい先日のことなのだが、とある講演会にいった。

 講演の先生はある飲食チェーンの会長。名前は出さないが、名前を出せば誰でも知っている飲食チェーンだと思う。もしかしたらこのコラムを読む前にも食事した人がいるかもしれない。そう考えると、あそこかそこかどこか・・となんとなく予測がつきそうだ。

市場環境の変化に「気づく」ポイントのヒント

 1時間半の講演会を終えて、会長は懇親会にも出席された。講演会の中で質疑応答の時間が取れなかったこともあり、懇親会の中で「公開質問タイム」が設けられた。私も仲が良くさせてもらっている飲食店の若手経営者が質問をした。「講演会の中で、普段の生活の中から市場環境の変化を探していく、というお話をされていましたが、『気づく』ためのポイントのヒントをいただけませんか」と。

 その質問を聞いてた会長は思い出したように、少し興奮気味でこんな話をした。

「今日、午前中も講演会でした。こちらの講演にくる間に食事をする時間がなかったので、セブンイレブンでおにぎりと飲み物を買ったんですね。合計430円でした。でね。私が商品をレジに持っていって、店員さんが決済をするまでたった40秒ですよ。40秒で430円のお金が動くのかと。私たちの飲食店チェーンでたとえばタンメンを頼んだとすると510円です。でも510円の商品の注文をいただいてから提供して、お客様が食べ終えて決済をするまで場合によっては30分くらいかかります。これじゃあセブンイレブンに勝てないと思いましたよ」

 質問内容である「『気づく』ためのポイントのヒント」とは少しズレていたかもしれないが、会長が話してくれたのは「今日、セブンイレブンで気づいたこと」だった。しかし、この会長の気づきのようなことを普段の生活の中から「本気で」探せている人はどれくらいいるだろうか。「そんなところに目を付けているのか」と思わず懇親会で隣の席になった初対面の方と目を合わせてしまった。

駅でゲロを吐く人が減った理由

 講演会で話されたことをひとつ。この飲食チェーンは駅近くで「ちょい飲み」ができる店舗を経営している。なぜ会長が「ちょい飲み」のニーズが高まる市場環境の変化に気づいたのか。それは(少し汚い話にはなるが)駅でゲロを吐いている人が少なくなったことに「気づいた」からだという。会長がこの話をしてハッとした。たしかに、駅でゲロを吐いている人がいなくなったな、と。

 大学生になってお酒を飲むようになり、終電近くに家に帰るようになったとき、深夜の駅には毎度ゲロが吐かれていた印象がある。駅員さんがゲロを処理する用の粉を振りかけた、その後を良くみたものだ。駅だけでもなく夜(と早朝)道端でも必ずゲロを見かけた。会長の気づきとしては「ゲロを吐くほど深酒する人が少なくなった(そういう市場環境になった)」という話になるのだが、私は「駅でゲロを吐く人が少なくなった」ことには気づいていなかったのだ。

 私が大学に入学したのは1999年のことだからもう20年近く前のことになる。そのときに感じた「深夜の駅にはゲロがある」という印象をずっと持ち続け、講演の日に至るまで特に疑うこともなかった。ただ、市場環境は着実に変化していたのだ。「深夜の駅にはゲロがある」というのはすでに20年前の印象であり、現在はそんなことはなかった。

 ただ、市場環境の変化は「はい。今日から深酒しないようにね」といきなり起こることではない。会長は連続して流れていく時間の中で少しずつ変わっていく環境を感じることができていたということだ。もちろん「飲食チェーンをやっているのだから当然」と言ってしまってはそこまでなのかもしれないが、会長が「ちょい飲み」に乗り出したのは65歳を過ぎてから。セブンイレブンでの「気づき」を話してくれた今は77歳なのだ。