著者:石田 麻琴

毎日を記録することで自分への自信と感謝の気持ちを感じる【no.1685】

 以前のECMJコラムで触れたことがあるか記憶がないのですが、毎日(平日)の日課にしていることがあります。ECMJ社内的には「各社」と呼んでいるのですが、ECMJの顧問先の各社の状況やECMJが参加している団体・勉強会の状況について毎朝考え、ノートに書くというものです。

 この「各社」のノートには前段としてその日の私の気持ちが数行書かれているのですが、先日自分自身の誕生日に1年前の「各社ノート」を振り返ってみました。

*いまと同じように何かに悩んでいたことがわかる

 自分の性格的なものなのか、毎日の数行に書かれている気持ちは自分を奮い立たせるものが多くあります。その中でも目立つのは自分自身の「不安な気持ち」です。

 いま取り組んでいる課題をクリアすることができるだろうか、顧問先の売上打開策は何が適切だろうか、パートナーがもっと動きやすくなるためには自社にどんな改善を加えた方がいいだろうか。いまの時代だとパワハラワードになってしまうようですが、自分自身に対する「頑張ろう」という言葉のオンパレードです。

 この「不安な気持ち」を読んで思うことは、1年前もいまも同じように悩んでいた(いる)ということです。ひとつには、「だからこれからも同じように悩み続けるだろう」ということがあります。「不安な気持ち」はなくならない、上手く付き合っていくしかないといういい意味での達観がありました。

*不安を消化できているからいまがあるということ

 1年前の「不安な気持ち」の多くはいま読んでみると少し「微笑ましい」ことばかりです。「失敗しちゃったなぁ」とか「上手くいかなかったなぁ」ということはほとんどなく、「あーこのときはこんなことを不安に思っていたんだなぁ」と懐かしい気持ちにすらなります。

 当然1年前から1年が経っているわけですから、そのときの「不安な気持ち」の結末の多くはすでに知ってしまっているわけです。懐かしい気持ちになるのは、この1年の間に「不安な気持ち」をどうにかして消化することができたからです。

 「これからもずっと何かに悩むことが続くのだろうなぁ」という思いとともに、「けれども、悩みは必ず何かのカタチで解決する」という不思議な自信、というかこちらも「達観」のようなものが生まれてきました。

*自分ひとりでは不安は解消できないことに気づく

 いま悩んでいることでもいつか必ず何らかのカタチで解決することができる。それも「いつか」ではなく1年以内にはまず解決することができる。これに気づくことができるとなんだか気持ちに余裕が出てきます。いま悩んでいること不安に思っていることも解決できるんだ、という気持ちになります。と同時に振り返って気づくのは、自分ひとりだけで1年前の問題が解決できたのか、ということです。

 自分が悩み、不安を持ち、解決策を探して試行錯誤する中で、取引先の皆さんやECMJのパートナーのみんな、また不機嫌なときも毎日支えてくれた家族がいたことを思い出すことができます。1年くらい前だと課題解決の流れやそこに関わってくれた人などの経過もよく覚えているもので「あのときあの言葉に救われたなぁ」なんて思ったりします。実際に「各社のノート」に書かれていることもありました。

 「各社のノート」は私自身の日記のようなものです。「日記」は自分自身を励まし、人に感謝し、また充実した新しい1日をつくっていくための大切な材料になります。もちろん「不安な気持ち」だけではなくて「昨日はとても嬉しいことがあった」「誰誰さんと飲みに行って楽しかった」みたいなこともしっかり書いてありましたよ。「嬉しい気持ち」「楽しい気持ち」にさせてくれた皆さんにももちろん感謝です。