著者:石田 麻琴

インターネットの時代だからこそ「道徳感」が必要【no.1764】

 先日、テレビで北野武氏が「道徳の授業を1日4時間くらいやった方がいい」みたいな話をしていて、ちょっとしたギャグだとは理解しつつ、「あーたしかに、道徳の授業をもっとやって方がよいのかもな」と思ったんですよね。

*「世間」の力がとても強い情報社会

 最近他のメディアでも少し書いたことなんですが、いまの時代って「世間」の力がとても強いと思うんですね。それはインターネットが登場して強まり、さらにソーシャルメディアが登場してさらに強くなった。人々が人々の言動や行動をリアルタイムで確認していて、他人の言動や行動に対してまったく関係のない第三者が「評価」をするような社会。しかもこちらが頼んでいるわけでもないのに勝手に。

 「世間」の力が強くなったことにはもちろん良い部分もあって、情報がある程度閉じられていた時代(インターネットやソーシャルメディアの時代に対してのアナログの時代ってことになるんだろうけど)には「自分」と「相手」だけが良ければなんとなくとおっていたものが、「世間」という第三者の目が重要になったこと。たとえば「ブラック企業」なんて言葉があると思うんですが、ブラック企業という言葉は「インターネットとソーシャルメディア」の時代だからこそ生まれてきた言葉であって、つい25年前までのアナログの時代であったら表に出なかった状態かもしれない。

 従業員やアルバイトさんパートさん自身が自社について「情報発信」できるようになったからこそなんだけども、この「世間」はとても数が多いってこともポイントではあるわけです。

*ネットの過剰なトラブルははたして知識不足なのか

 インターネットやソーシャルメディアの登場は良い部分もあるけれど、悪い部分もあります。どこの誰が発信したかわからない情報が瞬時に広がったり、個人情報が瞬時に広がったり、事実と異なる情報が瞬時に広がったりしてしまいます。

 たとえば、某回転寿司チェーン店で一度ゴミ箱に捨てた魚を拾ってまな板でさばく動画や、某コンビニエンスストア店で一度口にふくんだおでんのしらたきを鍋に戻す動画がソーシャルメディアにアップされたりするわけです。これらは「バカッター」とか呼ばれたりして、「Twitterはバカをあぶり出すためのツールだ」みたいな表現もされたりするんですが、こういうのってインターネットやソーシャルメディアの知識が少ないがために起こることではないんじゃないかと思うんですね。

 インターネットやソーシャルメディアのない時代でもこういうことって昔から行われていて、「インターネットの情報は瞬時に拡散する」というイメージがないことも問題なのでしょうが、そもそもの道徳感が低いことが問題なのではないかと思うのです。

*インターネットの時代だからこそ道徳感が必要になる

 仮にソーシャルメディアに動画をアップしていなかったとしても、「一度ゴミ箱に捨てた魚を拾ってまな板でさばく」とか「一度口にふくんだおでんのしらたきを鍋に戻す」とかって微妙じゃないですか。インターネットやソーシャルメディアへの知識不足を指摘する人もいますが、本質的には道徳感の欠如なのではないかと思うんですね。

 インターネットやソーシャルメディアの無かったひと昔ならば、状況や人間性を知っている「狭い範囲の世間」で「またアホなことしてー」と思われただけのことが、いまの時代は「世界中から全否定」「個人情報を晒される」可能性もある。企業には、長年積み重ねてきた企業イメージやブランドが一瞬にして損なわれてしまうリスクもあるわけです。

 インターネットやソーシャルメディアの活用は今後より上手くなっていくと思いますが、「世間」の力が強い情報社会だからこそ、道徳感が必要になるのかもしれませんね。「インターネット」と「道徳」ってすごく離れている気もしますが、そんなことはないです。