著者:石田 麻琴

諸葛亮孔明も卑弥呼もデータの重要性に気づいてたのかも【no.1767】

 日本の戦国時代とか中国の三国志とか、そんな戦乱の世をいろどっている人物のひとつに「軍師」という存在があると思うんですね。戦国時代だと「黒田官兵衛」や「竹中半兵衛」や「山本勘助」なんかがパッと思い浮かびますし、三国志だとやっぱり「諸葛亮孔明」ですかね。「周瑜」や「司馬懿仲達」を思い浮かべる方もいるかなと思います。

 先日、飲み会の流れでこの「軍師」の話になりました。(戦国時代とか三国志とか、まったく興味がない方、すいません)

*赤壁の戦いで蜀軍が勝利した理由は

 三国志に興味がある方でなくても「赤壁の戦い」という戦争の名前を知っている人は多いと思います。劉備玄徳率いる蜀軍が孫権率いる呉軍と「赤壁」という場所で対決し、絶対的な不利の状況をくつがえして蜀軍が大勝利をおさめるという大きな戦争だったわけですが、このとき蜀軍の戦略を司っていたのが「諸葛亮孔明」だったんですね。私も小学生のときに、友人から「横山光輝三国志全60巻」を借りて必死に読み漁りました。

 「赤壁の戦い」について詳細は覚えていない部分もあるんですが、大勝利を生んだ大きな原因として「風向きの変化」があったんですね。通常のなんとなく予測できるような「風向き」は蜀軍も呉軍も加味して戦略を練るので勝利と敗北はあっても「大勝利」と「大敗」には結びつかないものなのでしょうが、諸葛亮孔明は「絶対に風向きが変わらない」状況で相手をおびき出せるだけおびき出しておいて、「風向き」が変わった瞬間に火を放って、呉軍の兵士と船をすべて焼いてしまったわけなんです。

 三国志の中では「風向きが変わり、いきなり突風が吹く」というのをドラマチックに、そして「諸葛亮孔明」しか知らなかったように書いているのですが、はたしてそうかな?みたいな話になったんです。飲み会で。変な人たちですよね。

*「諸葛亮孔明」は気象のデータを知っていたのでは

 当然ながら「諸葛亮孔明は魔法使いだった」ということはないわけで、三国志では「魔法使い」のように描かれている孔明ですが、最後は病気で死んでしまうので、やっぱり人間なわけです。では、この「呉軍側から蜀軍側に流れていた風向きが、一瞬にして蜀軍側から呉軍側に流れる。しかも突風として」というのを諸葛亮孔明がなぜ知っていたかといえば、おそらく「気象データ」を把握していたからなのではないかと思うんですね。

 歴史上で良くあらわれるこの手の話は、よくよく考えると「気象データ」の話が多くて、卑弥呼が「亀のこおらに入るヒビをみて雨が降ることを予測した」なんて伝説もありますが、実はあれも「気象データ」を把握していただけなんじゃないかと思いますし、「亀のこおらのヒビ」も気圧や湿度によって変化すると思われるので、卑弥呼は「気圧や湿度の判断方法」も含めてデータを上手く活用していたのではないかと。

 そう考えると、いわゆる「軍師」ではないけれども、織田信長の「桶狭間の戦い」や「長篠の戦い」もデータ分析が寄与していたんじゃないかなと思うんですね。定量的に「この地形であればどれくらいの数の兵士で対応できる」とか「火縄銃の三弾撃ちにかかる時間の削減方法」とか考えていたんじゃないかなって。

*データのないところから活用できるデータを探す力

 もちろん今回の話は「諸葛亮孔明」も「卑弥呼」も「織田信長」も、特殊な能力があったとかなかったとかそういう話ではなく、データというものが簡単には取得できなかった時代(そして、そんなことを考える人がいなかった時代)に、データを取得して戦争や自己ブランディングのために使おうという発想を持っていたことが「すごい」と思うわけです。

 これって「データのないところから活用できるデータを探す力」で、デジタルマーケティング隆盛の時代に必要なスキルのひとつなのではないかと思います。「諸葛亮孔明」や「卑弥呼」や「織田信長」が現代の社会にいたら、どんなデータを活用するんでしょうね。