「入り」の力を鍛える。疑問から始まるマーケティングの差【no.2218】
前回のコラムで、AIが本格的に一般化していく時代において重要なのは「入り」と「出」だとお話ししました。
「入り」とは、世の中の変化やトレンドの兆し、お客様のニーズの変化を感じ取る着眼点や好奇心のこと。「出」とは、AIと対話して整理されたアイデアや改善案を実際に行動に移し、形にしていく力です。今回は、このうち「入り」をどう鍛えていくか、ひとつの事例から考えていきます。
*ネットショップにきた一件の問い合わせ
あるネットショップに、1本の電話が入りました。「9月に行うイベントで御社の商品を使いたい。見積もりをお願いしたいのですが」というものです。
依頼されたのは1個600円の仕入れ商品であるお菓子。数量はなんと1,000個です。担当者は、60万円という売上が一度に上乗せになると驚き、同時に喜びました。仕入れ商品なので、メーカーに確認すれば数量の確保は可能です。早速、担当者は仕入れ先に連絡を入れ、在庫を押さえ、納期も問題ないと判断してお客様に折り返しの連絡を入れました。「9月のイベントまでに1,000個、しっかりご用意できます」と。
多くの場合、この時点で話は完結します。
1,000個の注文が入った、在庫も確保できた、納品準備に入る。もちろんそれで1件の取引は成立します。しかし、大切なのはここからです。「なぜこの注文が来たのか」という疑問を持てるかどうか、これが「入り」を磨く第一歩になります。事実に対して疑問を投げかけ、その背景を考えることが、次のビジネスのきっかけになるのです。
*事実に対してのふたつの疑問
この事例で、考えたい疑問はふたつあります。
ひとつは「なぜメーカーから直接仕入れないのか」ということです。このネットショップは小売店です。メーカーや問屋から直接仕入れた方が、仕入れ価格は安くなるはずです。それなのに、なぜわざわざ小売店を通すのか。いくつかの仮説が立ちます。
ひとつは、一回きりの大口注文のために、メーカーや問屋さんと新たに口座を開設し、契約を交わすのが面倒だという理由です。契約や請求、支払いの手続きを考えれば、多少割高でもネットショップで購入した方が楽だと判断するケースは少なくありません。
もうひとつは、今回の発注がビジネスとしての仕入れではなく、プレゼントや景品などの用途である可能性です。販売して利益を出すわけではないなら、多少の価格差は気にしない企業も多いでしょう。
次に気になるのは、この1000個をどのように使うのかです。担当者が依頼元の会社名を聞き、調べてみると、台湾の旅行代理店でした。送り先として指定されていたのは、福岡のあるホテルでした。
これらの情報を組み合わせると、おそらく台湾から福岡への旅行ツアーを企画し、その宿泊先で参加者にお菓子を配るか、サプライズのお土産にするのだろうと推測できます。こうした背景は問い合わせ時にすべて説明されるわけではありません。だからこそ、「どんな会社なのか」「どこに送るのか」といった情報を手がかりに、用途やニーズを予想する習慣が必要になります。
*次のマーケティングに展開する
このふたつの疑問から、次のマーケティングの発想が広がります。
まず「メーカーに発注しない一回きりの大口注文」という構図は、他の業種や企業にも存在するはずです。例えば、記念品やイベント景品を短期間で大量に用意する必要がある企業。こうしたニーズを持つ企業に向けて、「少量からでも柔軟に対応できる」「契約不要ですぐに手配できる」という強みをアピールすれば、新しい取引先を開拓できるかもしれません。
また、用途が旅行者向けのお土産だと分かれば、同様の提案を他の旅行会社にも展開できます。台湾以外にも、中国や韓国、東南アジアの旅行代理店に向け、「福岡や九州各地の地元菓子をまとめて手配できます」という逆営業をかけることも可能です。今回の一件を単発で終わらせず、継続的な取引や新規開拓につなげられるかどうかは、この「入り」の着眼点次第なのです。
この後、提案内容を整えたり、販促資料やメール文章を作ったりする作業はAIが得意とするところです。しかし、その前提となる「なぜ」「どうして」という疑問は、人間が持たなければ始まりません。
*疑問をもつ習慣をつけること
この力は、一朝一夕で身につくものではありません。日々の会議や打ち合わせの中で、「それはなぜだろう」「裏には何があるだろう」と問い続ける習慣をつけること。経験のあるスタッフは、まだ慣れていないスタッフにも同じように問いかけ、着眼点の広げ方を共有すること。こうした積み重ねが、少しずつ「入り」の質を高めていきます。
問い合わせや注文は、ただの取引条件ではなく、情報の宝庫です。その裏側を探る姿勢が、AI時代のマーケティングにおける差別化の第一歩になるのです。
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