「どうしたいか」よりも「どうありたいか」【no.2267】
昔からずっと気になっていたことがあります。
世の中では「夢を持ちましょう」「目標を持ちましょう」「あなたは人生をどうしたいのか」といった言葉が、当たり前のように語られています。子どもの頃からそうでしたし、社会人になってからも、独立してからも、何度も同じ問いを人から投げかけられてきました。
ただ、正直に言うと、私はそこにずっと違和感がありました。そんなに明確な夢や野望を持っていないといけないのだろうか。「どうしたいか」がはっきりしていない人間は、どこかが足りないのだろうか。
*「どうしたいか」は必要なのか?
昨年のことです。所属している団体の1泊2日の合宿で、その疑問を思い切って会長にぶつけてみました。「目標や夢がないといけないんですかね」と。私はてっきり、「目標がないなら経営はするべきではない」といった厳しい言葉が返ってくるものだと思っていました。しかし、返ってきたのは意外な言葉でした。
「どうしたいかは、別になくてもいい。でも、どうありたいかは考えておいたほうがいい」
会長は、日本でも随一のプロ経営者として知られる方です。外資系のIT企業からキャリアをスタートし、40代で取締役に就任。その後も複数の企業で社長や取締役を務めてきました。しかし、そんな方でさえ、自分が「本当にやりたいこと」を見つけ、実現したのは65歳で創業した会社が初めてだったそうです。
それまでは「やりたいこと」を追いかけていたわけではなく、社会や会社から求められる役割に応え続けてきたというのです。その話を聞いたとき、私は強い勇気をもらいました。
*求められるから、自分の役割がある
今、明確な夢や大きな野望がなくてもいいのかもしれない。目の前で求められていることやいただいた期待にひとつひとつしっかりと応えていく。その積み重ねの先に、いつか「やりたいこと」が見つかればいいのではないか。そしてもし「やりたいこと」が見つからなかったとしても、期待に応えられたなら十分ではないか。そう思えるようになりました。
私は、自分がやりたいから存在しているのではなく、誰かに求められているから存在しているのではないかと感じているタイプの人間です。仕事も人生も、家庭も友人関係も、自分の意思だけで成立するものではありません。自分がやりたいと思えば、思いどおりにいくものではないのです。人から求められて、初めて役割が生まれるのではないかと思っています。
周りには「70歳になっても、できれば80歳になっても仕事を続けていきたい」という方もいます。その気持ちはとても理解ができます。しかし、もし自分の成果やアウトプットが社会から求められていないものだとしたら、それは自己満足になってしまう可能性があります。もっと言えば、いわゆる老害だったり、ありがた迷惑な存在になる可能性だってあるわけです。
*求められる存在になること
私はどちらかと言えば、「一日でも早く仕事を辞めたい」と思っているタイプです。ただし、社会や周囲の人から求められるのであれば、「一日でも長く働きたい」とも思っています。重要なのは「どうしたいか」ではなく、「どうありたいか」。そこに誠実でありたいし、期待に応えられる存在でありたい。求められた役割に全力で向き合える自分でありたい。ただそれだけなのです。
もしも明確な夢や目標がなくて不安を感じている方がいたならば、少し肩の力を抜いてもいいかもしれません。今すぐ壮大なビジョンがなくても問題はありません。会社や社会からいただいた、目の前の期待に真摯に応え続ける。その姿勢こそが、人生を形づくっていくのではないでしょうか。
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