著者:石田 麻琴

信長・秀吉・家康の流れに潜む、セオリーを考えてみた。 【no.0115】

(2014年1月のリライト)

 NHK大河ドラマの「軍師官兵衛」をみていて、織田信長・豊臣秀吉・徳川家康という天下人の流れには、あるひとつの時代がうつり変わっていくときの、なにかセオリーみたいなものが潜んでいるのではないかと、勝手に妄想してみました。残念ながら、軍師官兵衛に徳川家康は出てこないようなのですが。

 突然ですが、本題に入る前に、ちょっとした余談を挟んでいいですか?

*「信長の野望」で大学受験に合格した

 もう20年前のことになるのですが、早稲田大学の第一文学部(当時は一文・二文だった)の入試があったんですね。第一文学部の入試科目は、英語・国語・小論文の3科目。国語と小論文を「日本語」と捉えれば、実質的に英語と日本語の2科目。それが第一文学部を受験した理由でもあるんですが、この小論文の試験が若干厄介ではありました。

 いくらか過去問で小論文を練習して臨んだんですが、試験で出されたのは、高校生が読むには少々長い文章を読まされた上で、「文中におけるカフカの商品差異記号について、実例を述べた上、あなたの考えを書きなさい」みたいな、明らかに、受験生を混乱させてその解答を教授が楽しんでいるのだろう、という感じの問いだったんですね。

 はっきり言って、長い文章も問いも両方ともあまり意味がわからなかったんですが、「信長の野望は、なぜ信長の野望なのか。秀吉の野望や家康の野望ではダメな理由」みたいな文章を書いたら、ラッキーなことに合格しました。ちなみに、信長の野望とは、もちろんKOEIのゲームソフトの信長の野望です。私の頭の中では、武将風雲録をイメージして小論文を書きました。

 大学受験みたいな堅い場でも、ゲームの話で合格できるんだよ、だから等身大の君で挑みなよ、というエールを受験生に向けて送ってみたんですが、余談はここまでとして、信長・秀吉・家康の流れに潜んでいそうな、「なんかセオリーみたいなもの」の話をします。

*最後の勝負のポイントは「我慢」!?

 信長・秀吉・家康というと、「鳴かぬなら殺してしまえホトトギス」(信長)、「鳴かぬなら鳴かせてみせようホトトギス」(秀吉)、「鳴かぬなら鳴くまで待とうホトトギス」(家康)という、3人の性格を表した歌が有名だと思うんですが、eコマースの業界もまさかこの3つの歌の流れできているのではないか、と思ったのです。

 まず、最初に勝つのは、信長タイプの人。ワンマンでもガツガツいけて、新しい情報を仕入れたり、新しいものにチャレンジすることで大きな利益を得ることができる人。三段撃ちを考えたのはすごいのかもしれないけど、火縄銃に目をつけたところの方がもっとすごいでしょ。雨というリスクを無視し、「やれば勝つ!」にいち早く飛び込めるタイプ

 しかし、火縄銃はすぐにみんなが持ち始める。次に勝つのは秀吉タイプの人。ある程度、本質的なソリューションが出きった後で、それを組み合わせたり、工夫を施したり、取捨選択が上手な人。五奉行と五大老みたいに、仕組み化することができる人。いまの業界をみると、このフェイズに入った感じなのかな、と思う。

 そして、流れ的に、最後に勝つのは家康タイプの人、ってことになるんだけども、家康タイプの人って、つまり「我慢できる人」ってことでしょう。信長タイプは企画・構築を得意とする人で、秀吉タイプは運用を得意とする人って気がなんとなくするんだけど、この「我慢できる人」って、つまりは何だろうか??

 市場でいえば、絶えず新しいソリューションは出ているけれど、先行者有利の状況は徐々に薄くなってきていて、価格競争は起きるし、新規獲得のコストは上がり続けている。だから、情報の発信方法を変えたり、データを分析したり、商品をゼロベースで見直したりしている現状。

 今までは空中戦でいけたかもしれないけれども、これからは地上戦で1人1人お客様をファンにしていかなければいけないと考えれば、「ネット」とはいえ、汗をかかなきゃいけなくなりそう。これまでの、企画・構築・運用とステップを踏むことができた上で、最後の勝負のポイントは「隣よりも努力できるか否か」。そう考えたら、次はやっぱり「我慢」ですかね、家康公。

 以上、勝手なこじつけでしたー。