著者:石田 麻琴

とあるBtoBの会社がインターネットを活用して事業を拡大する話。一【no.1201】

ここはとある印刷会社。

 印刷会社といえば、斜陽産業のひとつだといわれている。

なにもかも、デジタルに移り変わる時代。インターネットの登場により、それまで主軸だった雑誌やパンフレット、チラシの仕事が激減した。いまでは求人の募集も不動産の賃貸情報もインターネットで探す時代だ。

時代が変わった、といってしまえばそれまで。しかし、だからといって「じゃあ、明日から業態を変えましょうね」という話にもなれない。こんな時代でも仕事を任せてくれるお客様もいるし、10年20年勤めてくれている社員もいる。もちろん、印刷業へのこだわりも、まだまだにある―――。

社長は怒っていた。

「小林!先月の月報を見たぞ。お前全然受注を取れてないじゃないか。既存のお客様からの注文はまだしも、新規のお客様に限ってはゼロだ。ちゃんと営業活動してるのか?週に10件は新規訪問をしろといっているじゃないか!」

社長に怒られている社員は「小林」というか、僕。この会社に勤めて10年目の中堅社員だ。中堅社員といっても、この数年は新卒採用をストップしているから、会社の中では若手社員の域に入るのだが。小林はいつものように社長に応戦をする。

「既存のお客様からの注文だって減ってるのに、新規の開拓なんて無理ですよ。どこの会社もいつも依頼している印刷会社がありますし、その印刷会社だって他の会社に取られないように必死で営業をやってます」

社長は意外と押され弱いタイプだ。自分が意見をしているうちは強気だが、社員に強く出られると途端に萎縮してしまう。ただ、会社を引っ張っていく者として、言うときは言わないといけないというのも十分自覚はしているようだ。

「小林、お前がそういう気持ちはわかる。ただ、いままでウチの会社はそうやって事業を拡大してきたじゃないか。現に、去年からウチにパンフレットの注文を下さっている海山商事さんは、ウチの営業マンを『非常に熱心で誠実だ』と褒めてくれているじゃないか。まだまだ小林も努力が足りないんだよ」

たしかに、海山商事の海山社長は「非常に熱心で誠実だ」とウチの営業マンを褒めていた。ただ、海山商事から注文をもらうことができたのは、そもそも営業マンが「非常に熱心で誠実」だからではない。海山社長とウチの社長が信用金庫のゴルフコンペを同組で回る機会があり、たまたま意気投合したのだ。

海山商事が新商品を出すことになり、緊急で展示会の話が舞い込んできた。既存のお付き合いをしている印刷会社では、都合上で展示会の日にはどうしても間に合わない。そこでウチの会社に発注が回ってきたのだ。

なので、いってしまえばウチの営業マンが「非常に熱心で誠実」だからいただくことができた案件ではない。営業マンが熱心さと誠実さを発揮したのは発注を受けてからだし、実をいうと四半期の予算が足りなかったから強引にでも仕事を受けなければいけなかった、という裏の事情もあった。「非常に熱心で誠実」だったのは予算のためでもあったのだ。

小林が反論をする。

「たしかに海山商事さんからは『非常に熱心で誠実』って褒めてもらえてますけれど、あの仕事ってそもそも社長のゴルフコンペからたまたまいただけた注文じゃないですか。我々営業マンが飛び込みのド新規で取れた仕事って、この去年はほとんどもなかったはずですけども」

社長がムッとした顔で小林を見つめていった。

「でもないわけじゃないだろう。いいか。小林。飛び込みの新規開拓ってのは、ボディーブローだ。ボディーブローはすぐには効かないが、徐々に必ず効いてくる。会社を長くみたときに、絶対に効いてくるんだよ」

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